北海道・網走市|9年越しの流氷

砕氷船「おーろら」から、オホーツクの海を見ていた。

TikTokで「雪国で見たいものは?」という動画をつくったことがある。
私は「流氷」と答えた。

その流氷を、ようやく見てきた。

初めて見ようとしたのは、2014年2月だった。
網走と紋別で、合計一週間ほど待っていた。

けれど、その年は結局見ることができなかった。
海はそこにあった。港もあった。船もあった。
流氷は来ていなかった。

札幌雪まつりへ向かわなければならず、後ろ髪を引かれるような思いでオホーツクを離れた。
見られなかった、という記憶だけが残った。

あれから九年。
もう一度、網走に戻ってきた。

初日は、流氷がなかった。
能取岬までのクルーズになった。

翌日、北風で流氷が戻ってきた。
ようやく、流氷帯へ向かえる。

同じ港から出ても、同じ海を見ても、一日違うだけで景色は変わる。
流氷は、そこへ行けば必ず見られるものではない。
風が動かし、気温が支え、海が運ぶ。

だから、見えたときの白さが、ただの景色ではなくなる。

やりたいことリストのひとつが、これで終わった。

ただ、終わったのは「流氷を見た」という項目だけではない。
九年前に見られなかった時間まで、少し回収したような感じがあった。

2014年の札幌雪まつりは、2月5日から2月11日までだった。
あのとき私は、流氷を待つか、札幌へ向かうかで迷いながら動いていた。

今回の網走は、昔の予定の続きをやりに来たような旅でもあった。
流氷そのものだけを見に来たのではない。
見られなかった時間ごと、もう一度ここへ戻ってきたような気がする。

流氷を見る船

流氷を見る船として知られているのは、網走の砕氷船「おーろら」と、紋別の砕氷船「ガリンコ号」である。

私は長いあいだ覚え違いをしていた。
「ガリンコ」には「号」が付く。
一方、「おーろら」には「号」が付かない。

小さな違いである。
けれど、旅の記憶にはこういう小さな修正が残る。

網走と紋別は、車でおよそ百キロ離れている。
両方を一度に回ろうとすると、それなりに計画がいる。

流氷は、その日にそこにあるとは限らない。
だから、網走へ行くか、紋別へ行くかというより、どこで待てるかが大事になる。

フェリーで北海道へ渡る場合

車で北海道へ渡るなら、どの港を使うかで距離感が変わる。

苫小牧港から網走までは、およそ三百六十キロ。
小樽港から網走までは、北側を回ればおよそ三百七十キロ、南側を通ればおよそ四百キロになる。

数字だけを見ると、どちらも遠い。
けれど、車で移動していると、この距離はただの移動距離ではない。

どこで休むか。
どこで給油するか。
どの時間帯に峠を越えるか。
雪が降るなら、どこで退くか。

流氷を見に行く旅は、船に乗るところから始まるのではない。
北海道に着いてから、オホーツク側へ抜けていく道のりも含めて旅である。

どこから入り、どこで休み、どのタイミングで北へ向かうか。
そこに、その人の渡り方が出る。

飛行機で行く場合

網走を目指すなら、最寄りは女満別空港である。
紋別を目指すなら、紋別空港が近い。

ただし、路線や便数は時期によって変わる。
飛行機で行く場合は、最新の運航情報を確認した方がよい。

網走と紋別は、車でおよそ百キロ離れている。
レンタカーがあれば動きやすい。
車以外なら、電車とバスを組み合わせることになる。

流氷は動く。
だから、移動手段に余白があるほど、待ちやすい。

飛行機の右側席か、左側席か

飛行機に乗るとき、窓側の席を右にするか、左にするかで迷うことがある。

私はそういうとき、過去の飛行履歴や地図を見ながら決める。
ただ乗るのではなく、空から何が見えるかを少し読む。

女満別空港へ降りるとき、風向きによってはオホーツク海側から旋回して入ることがある。
そのときは、機内から流氷を近くに見ることができる。

成田から女満別へ向かう便なら、左側には日光や会津、東北の山並みが流れることがある。
右側には太平洋側の海岸線、釧路湿原、摩周湖や屈斜路湖が見えることがある。

もちろん、その日の風向きや航路で変わる。
必ず見えるわけではない。

網走で泊まるなら

網走で「おーろら」に乗るなら、港や駅へ動きやすい場所に泊まると楽である。

流氷は、その日の風で動く。
朝の判断が必要になる。
船に乗るか、待つか、別の場所へ動くか。
その判断をしやすい宿を選ぶ方がよい。

宿の名前や料金、キャンペーンは時期によって変わる。
だから、細かい情報は予約時に確認するのがよい。

大事なのは、安い宿を探すことだけではない。
朝、動ける場所にいることである。

見られなかった時間も旅に含まれる

流氷は、行けば必ず見られるものではない。

九年前は、一週間待っても見られなかった。
今回は初日に空振りし、翌日に北風で戻ってきた。

同じ海でも、同じ港でも、その日の風で景色が変わる。
だからこそ、待つ価値がある。

海が白く埋まる景色は、ただ珍しいから残るのではない。
そこに、見たいと思っていた時間が重なるから残る。

今回、ようやくそれを見ることができた。

見たかったものを見た、というより、見られなかった過去まで含めて、ようやく終わったという感じに近い。

旅のメモ:網走市付近の情報

以下は、網走で流氷を待つときに使える周辺メモである。本文とは別に、次回の移動のために残しておく。

訪問日:2023年2月3日