茨城 | シロワニの赤ちゃんと進化する水族館の物語(アクアワールド大洗水族館)

大洗の海、生命のドラマ。
アクアワールド茨城県大洗水族館(以下、アクアワールド・大洗)で、2025年3月15日、絶滅危惧種であるシロワニの赤ちゃん(個体番号No.11、メス)が誕生しました 。この小さな命は、誕生直後に一時的な遊泳不良という困難に直面しましたが、飼育員による世界でも前例のない「胃内への空気注入処置」によって回復し、同年5月13日から一般公開されています 。この出来事は、アクアワールド・大洗が長年にわたり培ってきた高度な飼育技術と、生命に対する深い洞察力を象徴しています。本稿では、このシロワニの赤ちゃんの誕生秘話から、アクアワールド・大洗の進化の軌跡、そして海洋生物への理解を深める拠点としての役割を紐解いていきます。
アクアワールド・大洗の基本的な施設情報は以下の通りです。
項目 | 詳細 |
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正式名称 | アクアワールド茨城県大洗水族館 |
所在地 | 〒311-1301 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町8252-3 |
電話番号 | 029-267-5151 (音声案内) |
公式サイト | https://www.aquaworld-oarai.com/ |
営業時間 | 9:00~17:00 (最終入館 16:00) |
休館日 | 例年6月・12月にメンテナンス休館日あり。2025年は6月24日・25日、12月1日~5日 。年末年始は無休 。 |
入館料金 (個人) | 大人 2,300円、小・中学生 1,100円、幼児(3歳以上) 400円、3歳未満 無料 |
シロワニの赤ちゃんNo.11:誕生と世界初の挑戦
2025年3月15日、アクアワールド・大洗の「サメの海1」水槽で、シロワニのメスの赤ちゃん(No.11)が誕生しました 。誕生時の全長は98.0cm、体重は6.2kg 。アクアワールド・大洗は、国内で唯一シロワニの繁殖に成功している施設であり 、今回のNo.11の誕生は、2021年のNo.9、2023年のNo.10(残念ながら約1ヶ月で死亡 )に続く、同じ親ペアからの3期連続の繁殖成功となり、これは世界初の快挙とされています 。
誕生後、No.11はバックヤードの専用水槽に移され、慎重な健康観察が始まりました 。3月31日には給餌棒を使ってアジの切り身を初めて口にし、4月4日には水槽の底に落ちたエサを自力で見つけるなど、順調な成長の兆しを見せました 。
しかし、その道のりは平坦ではありませんでした。No.11は一時、浮力調整がうまくいかず、遊泳不良という深刻な状態に陥りました 。ここでアクアワールド・大洗の飼育チームは、過去の経験、特に2023年のNo.10の育成経験から得た知見を活かし、赤ちゃんの胃の中に少量の空気を注入するという、世界でも前例のない処置を施しました 。この大胆かつ的確な判断と技術により、No.11は奇跡的に回復し、再び元気に泳ぎ始めたのです 。この成功は、日本板鰓類研究会シンポジウム2023でも「遊泳不良のシロワニ産仔個体に対する処置と予後について」というテーマで、徳永幸太郎氏らによって報告されています 。
照明に対して非常に敏感で神経質な一面も見せたNo.11でしたが 、飼育スタッフが水槽周辺の光量を細かく調整し、外部からの刺激を遮るなどのきめ細やかなケアを行うことで、徐々に新しい環境に順応していきました 。
そして2025年5月13日、十分に体力がつき、新しい環境にも慣れたと判断されたNo.11は、ついに「サメの海2」水槽へと移され、一般公開が開始されました 。この時点での計測では全長110.3cm、体重7.4kgと、目覚ましい成長を遂げていました 。展示水槽では、アカシュモクザメやオオテンジクザメなど、No.11とほぼ同じ全長1m前後の他のサメたちと一緒に遊泳する姿を見ることができます 。ダイバーが付き添い、他のサメからの攻撃がないかなど、慎重に様子を見守る体制も取られました 。
シロワニ繁殖への長い道のり:飼育員たちの情熱と試行錯誤
アクアワールド・大洗におけるシロワニ繁殖の成功は、一朝一夕に成し遂げられたものではありません。飼育員の徳永幸太郎氏はインタビューで、サメの繁殖自体の難しさ、特にシロワニに関しては国内で唯一の成功例であることを語っています 。
2021年に誕生したNo.9は、日本初のシロワニ繁殖成功例(世界で5例目)として大きな注目を集めました。しかし、続く2023年に生まれたNo.10は、うまく遊泳できない状態不良の症状が出てしまい、懸命な処置にもかかわらず約1ヶ月で死亡するという悲しい結果となりました 。
このNo.10の死から得られた教訓は、No.11の飼育に活かされています。徳永氏は、水温管理の重要性を特に強調しており、小笠原の自然環境を参考に、水温の幅を広げる(夏は暑く、冬は下げる)という、より自然に近いメリハリのある水温管理を試みたことが、オスの発情やメスの胎内での子育てに良い影響を与えたのではないかと考えています 。また、親サメの健康状態と相性の良さ、そして何よりも飼育員の情熱が重要であると述べています 。
多様な海の仲間たちとの出会い:サメだけではないアクアワールド・大洗の魅力
アクアワールド・大洗の魅力は、シロワニの赤ちゃんだけにとどまりません。「サメの飼育種類数日本一」を誇り、約60種ものサメたちが悠然と泳ぐ姿は圧巻です。2020年にオープンした「シャークダディズルーム」では、サメの顎骨や卵殻、剥製といった貴重な標本に加え、VR水槽「SHARKRIUM」でホホジロザメやジンベエザメの迫力ある遊泳シーンを体験できます。また、国内初展示となるサラワクスウェルシャークとその透明な卵 や、同じく初展示のオオテンジクザメ など、学術的にも貴重な展示が目白押しです。
サメと並ぶ人気者がマンボウです。日本最大級とされる水量270トンの専用水槽でのびのびと泳ぐ複数個体のマンボウの姿は、多くの来館者を和ませます。非常にデリケートなマンボウの複数飼育を可能にしているのは、水槽内側の保護シート設置や、一匹ずつの摂餌量を厳密に管理し、飼育員が手から直接特製の餌を与えるといったきめ細やかな配慮と技術の賜物です。
4階の全天候型オーシャンシアター(定員約750~800席 )では、バンドウイルカ、オキゴンドウ、カマイルカたちによるダイナミックなジャンプや、カリフォルニアアシカのコミカルなパフォーマンスが楽しめる「イルカ・アシカオーシャンライブ」が毎日開催されています。屋外エリア「オーシャンテラス」などではフンボルトペンギンが飼育されており 、「ペンギンのお食事タイム」では愛らしい姿を間近で観察できます 。
「出会いの海の大水槽」では、約2万匹のイワシの群れが音楽と光に合わせて乱舞する「IWASHI LIFE」が圧巻の光景を創り出します 。また、「神秘の海ゾーン」では、関東最大級のクラゲ大水槽「くらげ365」や、茨城沖の大陸棚に生息するキアンコウ、ダーリアイソギンチャク、そして世界初展示となった新種のオトヒメクラゲなど、多様な海の生き物たちに出会えます 。
これらの魅力的な展示の背景には、アクアワールド・大洗の地道な研究活動があります。トラザメの繁殖に関する研究 、ナースハウンドの単為生殖の確認 、イヌザメやコモンカスベの繁殖賞受賞 など、その成果は枚挙にいとまがありません。
アクアワールド・大洗の変遷:時代と共に進化する「海の総合ミュージアム」
アクアワールド・大洗の歴史は、1952年に開館した初代「県立大洗水族館」に遡ります。当時の大洗は夏の海水浴が観光の中心であり、通年型観光を目指して茨城県が設立しました 。竜宮城を模した外観が特徴的で、面積は約165.3平方メートルと小規模ながら 、ヒラメやウミガメなど地元茨城沿岸の生物約50種を展示し 、開業当初は年間20万人以上が訪れる人気施設でした 。当時の大洗の海水浴客が250万人ほどであったことからも 、その注目度の高さがうかがえます。
1970年には、現在の場所に二代目となる「海のこどもの国大洗水族館」が開館。世界で初めて継ぎ目のない40メートルのガラスを使用した大回遊水槽を導入し 、1976年には日本で初めてペンギンショーを開始するなど 、先進的な取り組みで多くの来館者を魅了しました。サメの飼育が始まったのもこの頃です 。
そして2002年3月21日、約165億円(うち建設費150億円)という大規模な投資を経て、現在の「アクアワールド茨城県大洗水族館」としてリニューアルオープンしました。このリニューアルは単なる増改築ではなく、施設のコンセプトを「博物館や科学館的な展示手法を採り入れた海の総合ミュージアム」へと大きく転換させるものでした。延床面積約19,800平方メートル 、展示水槽総水量約5,100トン という日本有数の規模を誇る水族館へと生まれ変わりました。
2011年の東日本大震災では、施設自体への大きな被害は免れたものの、一時休館を余儀なくされました 。しかし、同年4月1日から10日間は復興支援として無料開放を実施し 、多くの人々に癒やしを提供しました。
進化し続けるアクアワールド・大洗の未来
アクアワールド・大洗は、その70年を超える歴史の中で、常に時代の要請に応え、進化を続けてきました。初代の地域密着型の水族館から、エンターテイメント性を追求した二代目、そして教育・研究機能を備えた現在の「海の総合ミュージアム」へと、その姿を変えながらも、一貫して海洋生物の魅力と生命の尊さを伝え続けています。
2025年春に誕生したシロワニの赤ちゃんNo.11の一般公開と、その裏にあった世界初の治療成功は、アクアワールド・大洗の高度な飼育技術と研究への情熱、そして生命への真摯な向き合い方を改めて示すものです。サメやマンボウといった人気生物の展示の工夫、多様な海洋生物との出会い、そしてそれらを支える地道な研究活動は、訪れる人々に深い感動と学びを提供し続けています。
東日本大震災からの復興を経験し、地域社会との連携を深めながら 、アクアワールド・大洗はこれからも、海洋生物への理解を深める拠点として、そして大洗を代表する観光施設として、多くの人々に愛され、新たな物語を紡いでいくことでしょう。