神奈川 | 377万市民の歴史を未来へ繋ぐ(横浜市歴史博物館)

横浜の鼓動を感じる旅へ
横浜市、人口約377万人を擁する日本有数の大都市。その壮大なスケールの中で、地域のアイデンティティと歴史的理解を育む上で極めて重要な役割を担うのが、横浜市歴史博物館である。横浜市都筑区、横浜市営地下鉄センター北駅から徒歩約5分という利便性の高い場所に位置し、原始から現代に至る横浜の豊かな歴史を包括的に探求する旅へと誘う。
この博物館の魅力は、単に古い物を展示するに留まらない。精巧なジオラマや貴重な考古資料に加え、来館者が歴史を「体験」できるプログラム、例えば人気の「勾玉づくり」などを通じて、過去との対話を促している点にある。横浜という都市は、港町としての華やかな側面が強調されがちだが、その大地には遥か昔からの人々の営みが刻まれている。博物館は、この深遠な歴史を市民に伝え、共有遺産としての意識を醸成する文化拠点と言えるだろう。その立地が、歴史的な中心部ではなく、比較的新しい港北ニュータウンの一角である点も興味深い。これは、隣接する国指定史跡・大塚歳勝土遺跡の存在と深く関連し、新たな住宅地に文化施設を配置することで、地域住民への歴史教育の機会を提供し、都市の多層的な発展を示す意図があったのかもしれない。
遺跡と共に誕生
横浜市歴史博物館の設立は、横浜市の長期的な都市計画と、地域における重要な考古学的発見が結実した成果である。その構想は1980年代、市の「よこはま21世紀プラン」の中で、当初は考古資料館として浮上した。1985年には歴史博物館構想へと発展し、翌1986年の大塚・歳勝土遺跡の国指定史跡認定が、この流れを大きく後押ししたと考えられる。これらの遺跡は、博物館が展示する地域史の核となる存在である。
具体的な建設計画は1989年3月に策定され、1992年2月に着工、1994年2月に建物が竣工した。そして、横浜市歴史博物館設置条例が同年3月に制定され、1995年1月31日に正式に開館を迎えた。条例に謳われる博物館の役割は、「資料を収集し、保管し、展示し、及び調査研究して市民の利用に供するとともに、その学習、調査研究等に資するため必要な事業を行うことにより、市民の教育、学術及び文化の発展に寄与する」こととされている。これは、単なる資料保存施設ではなく、市民のための能動的な学習・研究機関としての位置づけを明確に示している。
運営は、2006年4月より公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団が指定管理者として担っている。この財団は博物館開館に先立つ1992年9月に、横浜市歴史博物館のほか、三殿台考古館、八聖殿郷土資料館等の管理運営、そして埋蔵文化財センターの業務を統合する形で設立されており、歴史・文化財に関する専門性と効率的な運営を目指す横浜市の戦略的判断がうかがえる。このような公設民営に近い運営形態は、専門知識の集約や柔軟な事業展開を可能にし、博物館が持つ多面的な使命を効果的に果たすための基盤となっている。
勾玉からバックヤード
横浜市歴史博物館の魅力は、常設展示に加えて、多彩なイベントや教育プログラムを通じて歴史を身近に感じられる点にある。特に人気を博しているのが、古代の装身具である勾玉を手作りする体験だ。
博物館のミュージアムショップでは、様々な種類の「勾玉づくりキット」が販売されている。例えば、青田石を用いたもの(600円)、白色やピンク色の滑石を用いたもの(各500円、550円)、さらには通常の4倍サイズで作りごたえのある「ジャンボ勾玉キット」(1,700円)など、素材や難易度によって選ぶことができる。キットには通常、加工用の石、数種類の紙やすり、首飾りにするための紐、そして作り方の説明書が含まれている。さらに、博物館は「勾玉をつくってみよう!」「勾玉ってなに?」といった解説動画も公開しており、自宅でも気軽に挑戦できる環境を整えている。来館者から寄せられた「何分かかるのか」という問いに対しては、「ジャンボ勾玉キット」の場合、標準制作時間として3時間半が目安として示されている。他のキットも難易度表示があり、それぞれ制作時間が異なると推測される。この勾玉づくりは、単なる土産物作りを超え、古代の技術や文化に触れる貴重な体験学習の機会を提供している。
キット名/石の種類 | 価格(税込) | 主な内容 | 推定製作時間/難易度 |
勾玉キット 青田石 | 600円 | 青田石、紙やすり、紐、説明書 | 難易度 ★★★☆☆ |
勾玉キット 滑石 白 | 500円 | 滑石(白)、紙やすり、紐、説明書、作り方解説動画あり | 難易度 ★★☆☆☆ |
勾玉キット 滑石 ピンク | 550円 | 滑石(ピンク)、紙やすり、紐、説明書、作り方解説動画あり | 難易度 ★★☆☆☆ |
ジャンボ勾玉キット | 1,700円 | 大型滑石、紙やすり、紐、説明書 | 3時間半 / 難易度 ★★★★☆ |
勾玉づくり体験キット(滑石) | 600円 | 滑石、紙やすり、紐、説明書 | (記載なし) |
勾玉づくり体験キット 蝋石 初級 | 500円 | 蝋石、紙やすり、紐、説明書 | (記載なし) |
【数量限定】令和6年干支勾玉づくり | 1,700円 | 辰の形の勾玉素材4つ、他 | (記載なし) |
【おうちでミュージアム】縄文ドキドキ!勾玉づくり | 600円 | 勾玉素材、縄文土器模様参考資料 | (記載なし) |
このほか、博物館では年間を通じて様々な企画展が開催され、それに連動した講演会、ウォーキング、ワークショップ、伝統行事の公演なども行われる。例えば、開館30周年記念特別展「横浜の文化財 Yokohama Heritage まもり伝える地域の記憶」では、文化財の修復技術や伝承をテーマにした展示と共に、館長自身が案内する史跡巡りや、江戸手描き鯉のぼり染めといった体験型イベントが企画されている 。
教育普及活動も博物館の重要な柱であり、市内の学校と連携し、多くの児童・生徒が社会科見学などで訪れ、横浜の歴史や文化を学んでいる。博物館の設置条例にも「体験的学習等を行うこと」「講演会、講習会、講座等を開催すること」が明記されており、教育機関としての役割を重視していることがわかる。来館者から「校長あがりの先生がエデュケーション業務を請け負っている」との声が寄せられた点については、具体的な職員の経歴は公開資料からは確認できないものの、効果的な教育プログラムを提供するためには教育現場での経験を持つ専門家の知見が不可欠であり、そのような人材が関わっている可能性は高いと言えるだろう。
さらに、普段は見ることのできない博物館の裏側を探訪する「バックヤードツアー」といったユニークなイベントも不定期に開催されており、より深く博物館活動に触れたいという知的好奇心に応えている。これらの多層的なイベント展開は、横浜という大都市の多様な市民の関心に応え、歴史への多角的なアプローチを可能にしている。
バックヤードの秘密
横浜市歴史博物館には、その活動や施設にまつわるいくつかの興味深い側面が見受けられる。その一つが、前述した「バックヤードツアー」の存在である。通常、博物館の収蔵庫や作業スペースは一般公開されない聖域だが、このツアーでは抽選で選ばれた少数の参加者が、文字通り「博物館の裏側」を垣間見ることができる。「ホンモノの資料に出会えるかも?」という告知文句は、参加者の期待感を高める。このような試みは、博物館運営の透明性を高めるとともに、資料の保存や研究といった日常業務への理解を深める機会を提供する。来館者から寄せられた「バックヤードに窓がある」という観察眼は、まさにこうした舞台裏への関心の現れであり、ツアーはその好奇心に応えるものと言えるだろう。
また、勾玉づくりキットの進化も、博物館と来館者との間の興味深い相互作用を示している。当初は比較的シンプルなキットが提供されていたようだが、現在では素材のバリエーションが増え、難易度やサイズも多様化し、価格帯も広がっている。これは、来館者のニーズや反応を反映し、より満足度の高い体験を提供しようとする博物館側の継続的な努力の表れと考えられる。単なる物品販売ではなく、体験を通じた学びを持ち帰ってもらうという教育的配慮が感じられる。
博物館の存在自体が、隣接する大塚・歳勝土遺跡群という「エピソード」と不可分である点も特筆すべきだ。これらの遺跡の発見と保存運動が、博物館設立の大きな原動力の一つとなったことは想像に難くない。遺跡と博物館が一体となって歴史を語るという構成は、この施設の大きな特徴である。
来館者から寄せられた「企画展の場所が、通路を通ってからなので、来館者と出くわすことがある」という体験談も、一つの「エピソード」として捉えることができる。これは、複数の展示を同時に開催する博物館の構造上、時に生じる現象であり、他の来館者の存在を意識させ、公共空間を共有しているという感覚を呼び起こすかもしれない。こうした予期せぬ交流も、博物館訪問の人間的な側面と言えるだろう。これらのエピソードは、横浜市歴史博物館が単なる展示施設ではなく、来館者との多様な接点を持ち、常に変化し続ける生きた空間であることを示唆している。
歴史の玉手箱を開けよう
横浜市歴史博物館の主要な施設と展示は、横浜の悠久の歴史を体感できるよう巧みに構成されている。その中核をなすのが、2階に設けられた常設展示室である。
常設展示室
この展示室は、来館者が自然と歴史の流れを追えるよう、円形の空間に沿って時代順に展開する特徴的なレイアウトを採用している 3。展示は「原始I(旧石器・縄文)」「原始II(弥生)」「古代(古墳・奈良・平安)」「中世(鎌倉・室町)」「近世(江戸)」「近現代(明治~現代)」という6つの時代区分で構成され、横浜の地で繰り広げられた人々の営みを浮き彫りにする 4。
各時代を象徴する大規模な模型やジオラマは、本展示の大きな見どころである。縄文時代の「南堀貝塚」、弥生時代の「大塚・歳勝土遺跡」、古代の地方官衙「都筑郡衙」、中世の港「六浦湊」、江戸時代の神奈川宿の茶屋「桜屋」、明治期の勧工場「横濱館」などが精巧に再現され、当時の景観や生活を視覚的に理解する手助けとなっている。特に、近世の村祭りの様子を再現した「からくり模型」や、明治期の農村風景を立体的に映し出す「マジックビジョン」は、子どもから大人まで楽しめる工夫が凝らされている。また、都筑区の茅ヶ崎貝塚から剥ぎ取られた貝層の実物展示や、「横浜」の地名が初めて記された古文書など、貴重な実物資料も多数展示されている。
企画展示室
常設展示室とは別に企画展示室が設けられており、ここでは特定のテーマに基づいた特別展が定期的に開催される。ある来館者の観察によれば、企画展示室へは専用の通路を通ってたどり着く構造になっており、その過程で他の来館者とすれ違うことがあるという。これは、複数の展示が同時進行する博物館ならではの光景と言えるだろう。実際に、受付が2階にあり、チケット購入後、手前が特別展、奥が常設展という配置になっているとの情報もある 15。
図書閲覧室
博物館の知的な探求を支える重要な施設が図書閲覧室である。ここは単なる読書スペースではなく、歴史、考古、民俗、そして横浜の地域資料に関する専門書や雑誌、博物館自身の刊行物、さらには市内の発掘調査報告書など、約6万点(書庫内資料含む)に及ぶ豊富な資料を所蔵している 16。常駐する職員(司書に相当する専門スタッフ)がレファレンスサービスを提供しており、「おたずね処」として、展示内容や地域史に関する疑問や調査相談に応じてくれる 16。国立国会図書館のデジタル化資料へのアクセスも可能で、専門的な調査研究にも対応できる環境が整っている。
ミュージアムショップ
1階エントランスホールに併設されたミュージアムショップでは、展示内容に関連した書籍やオリジナルグッズが販売されている。特に前述の「勾玉づくりキット」は人気商品の一つである 5。
建築・設計に関する所見
来館者から「バックヤードに窓がある」という指摘があり、初期設計に関する疑問が呈された。提供された資料の中には、横浜市歴史博物館の具体的な建築設計思想や、バックヤードの窓の意図を直接解説したものはない。しかし、公共建築におけるデザインの重要性は一般的に認識されており 17、博物館が時折開催する「バックヤードツアー」 13 は、そうした普段見えない部分への関心に応える機会となっているのかもしれない。これらの窓が、採光、換気、あるいは特定の作業目的で設けられた可能性も考えられるが、詳細は専門的な解説を待つ必要がある。
その他施設
常設展示室内には、休憩や学習のための「スタディサロン」があり、また「歴史劇場」では、横浜の歴史に関するクイズや文化財ビデオなどをスマートフォン経由で多言語で楽しめるプログラムも提供されている 4。
これらの施設と展示構成を通じて、横浜市歴史博物館は、学術的な探求から家族連れの楽しみまで、幅広いニーズに応える総合的な歴史学習の場を提供している。
横浜市歴史博物館と巡る歴史散歩
横浜市歴史博物館を訪れた際には、その学びをさらに深めることができる魅力的な周辺スポットが点在している。特に博物館と一体的に整備された公園は、歴史体験をより豊かなものにしてくれる。
博物館隣接の歴史公園
- 大塚・歳勝土遺跡公園(国指定史跡): 博物館のすぐ隣に広がるこの公園は、約2000年前の弥生時代の環濠集落跡「大塚遺跡」と、そこに暮らした人々の墓域「歳勝土遺跡」を復元・整備したものである。博物館で学んだ知識を元に、実際に復元された竪穴住居や高床倉庫、墓などを見学することで、弥生時代の人々の生活をより具体的に感じ取ることができる。竪穴住居の内部に入れることも可能だ。博物館とは高架橋で結ばれており、一体的な見学が推奨されることが多い。
- 都筑民家園(旧長沢家住宅): 大塚・歳勝土遺跡公園内に移築・復元された江戸時代中期の茅葺き屋根の農家建築である。当時の農家の暮らしぶりや建築様式を今に伝えており、弥生時代から時代を下って、近世の農村風景に触れることができる。
これらの歴史公園群は、博物館の展示内容を補完し、屋外での実物体験を通じて歴史理解を促進する、他に類を見ない「歴史ゾーン」を形成している。屋内での資料学習と屋外での空間体験の組み合わせは、特に子どもたちにとって記憶に残る学びとなるだろう。
近隣の商業施設
博物館周辺は港北ニュータウンの中心地であり、近代的な商業施設も充実している。
- ノースポート・モール: 徒歩圏内にある大型ショッピングセンター。
- モザイクモール港北: 同じくセンター北駅前に位置するショッピングセンターで、観覧車が目印である。
これらの施設は、博物館見学後の食事や買い物に便利であり、歴史探訪と現代的な都市機能の双方を体験できるエリアとなっている。
アクセス
横浜市歴史博物館へのアクセスは非常に良好である。
- 電車: 横浜市営地下鉄ブルーラインまたはグリーンラインの「センター北駅」で下車し、徒歩約5分。駅からは「歴博通り」という愛称の通りがあり、道順も分かりやすい。一部情報では、隣の「センター南駅」からも徒歩10分程度でアクセス可能とされている。
- 自動車: 駐車場も完備されているが、台数に限りがあるため、公共交通機関の利用が推奨される。
このように、横浜市歴史博物館は、貴重な遺跡公園に隣接し、かつ現代的な都市機能にも恵まれたロケーションにあり、多様な訪問者のニーズに応えることができる。
横浜の過去と未来を繋ぐ
横浜市歴史博物館は、377万人という広大な人口を抱える横浜市において、その地域史を総合的に探求し、市民に提供する上で不可欠な文化・教育機関としての役割を力強く果たしている。原始の時代から現代に至るまでの横浜の歩みを、多角的な展示手法と豊富な資料、そして体験プログラムを通じて生き生きと伝えている。
特筆すべきはその常設展示の構成であり、時代ごとの特徴を捉えた精巧なジオラマや実物資料は、横浜の歴史的景観や生活の変遷を直感的に理解させ、来館者を時間旅行へと誘う。また、子どもから大人まで楽しめる勾玉づくり体験は、古代の技術に触れる貴重な機会を提供し、博物館の人気コンテンツとなっている。専門的な調査研究を支える図書閲覧室の充実は、学術機関としての一面も示しており、カジュアルな訪問者から研究者まで、幅広い層の知的好奇心に応える懐の深さを持つ。
さらに、国指定史跡である大塚・歳勝土遺跡公園と都筑民家園に隣接し、これらと一体となった歴史学習ゾーンを形成している点は、この博物館の大きな強みである。屋内での知識習得と屋外での実物体験が結びつくことで、歴史への理解はより深く、鮮明なものとなる。
運営面では、公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団による指定管理者制度のもと、専門性と効率性を両立させた運営が図られている。この財団が掲げる「ふるさと意識の醸成と市民文化の発展への寄与」という目的は、博物館の活動全体に貫かれていると言えよう。横浜という国際都市の現代的なイメージの奥に横たわる、数万年にわたる人々の営みの記憶を掘り起こし、次世代に継承していくという使命は、グローバル化が進む現代においてますますその重要性を増している。
本稿で触れた、企画展への通路やバックヤードの窓といった来館者からの細やかな観察点は、博物館が単なる情報の受け渡し場ではなく、訪れる人々に能動的な思考や発見を促す力を持っていることの証左である。横浜市歴史博物館は、これからも横浜の歴史を語り継ぎ、市民と共に成長し続ける知の拠点として、その存在感を放ち続けるだろう。